ゴーヤの思い出
昨日は姉が出勤だったので、仕事が終わる頃に待ち合わせて飲みに
行きました。
1件目ラーメン、2件目ワインバー。
何かが違う、順番が違うというご指摘はごもっとも。
いいじゃん、バーでのんびりしたかったんだもん。
バーにあるスパニッシュ浅漬けというメニューで、いつもはにんじんやチビのコーン
などが出てくるのですが。
昨日はゴーヤが浅漬けになってた!
ゴーヤのは初めて食べるよ!!
うーん、ウマイ。
この苦味と浅漬けの酸味が何とも…。
肉厚に切ってあるから歯ごたえもたまんない。
いいなコレ、夏のグランドメニューにして下さい!!
ゴーヤといえばにがうり。
ウチは昔、毎年庭でゴーヤを植えていた。
今でこそ世に広く知られたゴーヤだけれど、昔はあまり知っている人は少なかった。
ウチは沖縄に転勤になったことがあるので、その時に親がゴーヤを食卓に取り入れる
という知恵をつけたらしい。
しかしこのゴーヤ。
今はMARUもいい大人なので大好きですが。
子供の頃に食べさせられるのは辛かった。
何がと言って、あの苦味が。
たまらなくとてつもない苦味が、とっても苦手だった。
子供で苦味が好きなんて、酒好きのオッサンみたいな事をいうヤツもそういないだろう。
MARUも例にもれず、このゴーヤは苦手だった。
しかしウチの母上は、昔は何かと言うとすぐ怒る親だった。
好き嫌いしようものなら怒られそうだった。
なので、我慢して食べていた。
まあ苦味が苦手なのであって、味や食感は大丈夫なので食べられないことも無かった。
しかし苦味が無いほうが落ち着いて食べれるという理由から、その当時
ゴーヤチャンプルを食卓で出された日には、なるたけゴーヤ部分を先に喰ってしまい、
そして残りの豆腐やベーコンなどをモグモグ堪能していたのです。
そういう成長期を経て成人した後は、かえってあの苦味が無いと物足りなくなった。
会社の女の子が
「ゴーヤはなるべく苦味をなくして料理できる人が腕のいい料理人ですよね」
とか
「苦味がほとんど無ければゴーヤも食べれます」
とか言うもんだから、何をこのヒヨッコめ!…と思ってしまったり。
今のMARUは、より苦味をプリーズ!モア苦味!!なのです。
さてこのゴーヤ。
子供の頃は、うちで食べるだけではなく庭に植わっていた。
親が植えていたんだな。
このゴーヤの出来る過程は、キュウリとほぼ変わんない。
なんせキュウリもウチに植わってたから。
ただ、キュウリに比べゴーヤのヤツは、実った時にもすんごい見た目を晒してくれる。
食べごろになるまではいいのです。
小さいのから頃合の大きさに成長し、青くみずみずしく実っていく。
そこまではいい。
ただ、ハッキリ言って食べきれない量が実るもんだから。
収穫せず残したままになってしまうのもある。
そうするとだ。
実ったまま熟れていく。
青い色が黄緑色に、そしてド派手な黄色へ。
まっ黄色に、ジュクジュクしてきやがる。
大体ゴーヤの表面自体、元からブツブツが付いてるしそれが黄色に変色していくから
気持ち悪さを全体で表現しているとしか思えない。
そして、一定時間を経過したある日。
熟しすぎ、みずみずしさが失せた黄色いゴーヤは、自重を支えきれずに落ちてしまう。
べチャッと。
地面に。
中身をぶちまけて。
…オウ。
このぶちまけ具合の見事な黄色い物体を、MARUはどう扱ったものか分からなかった。
そもそも親が植えてるものなんだし。
MARUが育てているものではない。
だから…ほっといた。
だって、ベチャベチャのグチョグチョで、色まで気持ち悪いんだもん!!
触りたくない、触れない。
何か、触るととんでもなく気持ち悪い目にあいそうで触れなかった。
今にして思えば、なんてもったいない…熟す前に喰っちまえばいいんだよなあ…。
そういう子供の頃の夏のまぶしい思い出です。
ホントに、なんでゴーヤってヤツは熟すのが一線を越えるとあんなビビットでラテンな
色になってしまうのか…不思議でした。
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